「……失礼します。」
淡々とした声で挨拶しながらあまり広いとは言えないこの空間に足を入れ、保科の顔をじっと見る。
その顔にいつものいい人を主張するような笑みはない。どちらかといえば冷ややかな眼差しに固く結ばれた口許……決して楽しい話をするつもりではないことが窺える。俺だって褒められるようなことはした覚えがないし、逆に後ろめたい行為ならすぐ思い付くし。
「……突然呼び出して済まない、辻堂君。そこに座って。」
保科が自分の机の横に置いた折り畳み式の椅子に座るよう促してくる。俺は本棚やぐるぐる巻きの大きな地図や年表が入った箱の間を通り、ドサッと床にバッグを置いてその椅子に腰を落とした。軋む音がギギッと聞こえるぐらいの勢いで。
「……話って何すか?」
机に置いてあるデジタル時計の時刻は15時40分。本来なら部活を始める時間帯なのだが、今週は試験前ってことで休みになっている。だからといって早く家に帰って試験勉強に勤しむわけでもないんだけど、あえてここは早く帰りたそうに、苛立ちを匂わせるような口調で背もたれにふんぞり返りながら訊ねてみる。保科はそんな俺を数秒観察するように見た後
「……試験前でもあるし、ここは単刀直入に切り出そう。ここに辻堂君を呼んだ理由は、朱澤さんのことでだ。」
俺は思わず目を丸くした。てっきり勉強の調子を聞かれたり最近の授業態度についてのお小言を貰うために呼ばれたのかと思っていたから、想定外の用件に自分自身心の準備が間に合っていない。
「えっと……朱澤のこと?なんで俺……。」
勿論朱澤に対して思い当たることなら真っ先にある。だけど、“あのこと”は朱澤に内密にしておくよう念を押したはず。朱澤だって到底彼氏に話せる内容じゃないだろうから、保科に喋るわけがないと高をくくっていた。
「しらばっくれなくていいよ。知っているんだよね?僕と朱澤さんとの関係を。」
普段保科の授業中には聞かないようなあまりにも割り切りすぎた口調なので、若干戸惑ってしまう。一体コイツはどこまで朱澤から聞いているんだ……?
「……知ってる。誰から聞いたってわけじゃねえけど……。」
不用意に華弥ちゃんの名前を出したらもっと話が拗れる気がして、あえてその名は出さないでおいた。何にせよ、次に保科がいう言葉が気になって気になって、手のひらがじっとり冷たくなる感触を覚える。
「そうか。それで、バラされたくなければって朱澤さんにあんな酷いことをしたんだ?」
その瞬間、一気に血の気が引いた。
コイツ、全部知ってる……!
俺は動揺したまま保科の顔を凝視して言い訳を始めた。
「違……っ!てか、お前が朱澤に手なんか出さなければ……!」
「心からそう思っているのなら、何故僕に直接意見しなかった?何故朱澤さんを脅すような行為に出た?」
「脅すつもりなんてなかったよ!別れるよう勧めるだけのつもりだった!なのに朱澤のヤツ、絶対別れたくないとか頭でっかちなこと言い出しやがったから……」
「自分の思うとおりに相手が動かないから、実力行使に出たわけ?相手の意思を尊重せずに無理矢理。」
「……だっておかしいだろ!?教師と生徒が恋愛に走るなんて!そんなのぜってー許される行為じゃねえし!」
「……心から本当にそう思っているのなら、僕にそうやって意見すればよかったんじゃないのか。」
「言うわけねーじゃん。アンタ教師なんだし、わざわざ言いに行くなんてめんどくせえ。だったらクラスメートの朱澤のほうが言いやすいし、聞き分け良さそうだし。」
「聞き分け……?何だよ、聞き分けって……。」
さらに保科の声のトーンが低くなり眼光が鋭くなったので、一瞬怯んでしまった。俺の言葉の端々から本性や本音を見抜こうとされている気がして、これ以上下手なことは言えないと思った。心のどこかで強引なやり口でもいいから朱澤をモノにしたいという欲望が確実にあっただけに――。反論したいことは山ほどあるけど、卑怯な手口で朱澤を二度も犯したのだから、俺自身今さら偉そうに言えた立場じゃないと身にしみて理解できた。
「……俺、もう帰っていいっすか。」
「まだこの話に決着はついていない。」
「もういいっすよ。……俺、金輪際朱澤には手出さねえから。二人の邪魔をする気も全然ないし、秘密をバラすとかも馬鹿らしくて……。」
その発言を以てしても保科は未だ怪訝そう。おそらく俺の言葉に半信半疑といったところだろうか。
「正直、アンタをクビに出来たところでイイことなんて何一つないっぽい。朱澤は絶対アンタから離れないだろうし、途中で先生替わって授業に行き詰まるのだって結局生徒のほうだし。全部裏目だよ。俺、自分が得することならともかく、骨折り損のくたびれ儲けみたいな真似はぜってーしたくない。」
「……ふーん……。」
「こないだ朱澤にも話したけど、朱澤のことを諦める、もうこれ以上泣かせるようなことはしないっていうのは本音だから。……それにこーやって話して、保科を怒らせるのはまじヤバイってことがよく分かったし。」
「怒らせるとヤバイからって理由?人を苦しませてはいけない基準ってそこなの?」
「あーーー、もう分かってるから!JKとデキてるくせに、そんな偉そうに説教すんなっ。」
床に置いたバッグを手に取り、ガタッと椅子から立ち上がり、保科のことを見下ろす。
「……応援する気はこれっぽっちもねえけど、彼女のためにもバレるような立ち振る舞いだけはすんなよ。」
ケッと吐き棄てるように忠告すると、保科はいまいち釈然としない表情で俺を睨み付けた。話はまだ途中だって言いたげに。
「もういいでしょ。今後何も心配することはないんだから。じゃ、帰って試験勉強があるんで。」
そんなのする気ないけど、教師から手っ取り早く立ち去るにはこの台詞がいちばん効く。
「おい、辻堂く……」
呼び止められるのも気にせず、俺はこの空間からそそくさ退散するように扉を閉めた。
多分、保科は俺からの謝罪とか反省とかを聞きたかったのかもしれない。でも俺はアイツに対してそれだけは絶対したくなかった。
それに、もうよく分かったよ。
アンタが朱澤にいい加減な気持ちで向き合っているんじゃないってさ。
<END>
保科さんと菖蒲との諍いにケリをつけようと思って綴ったSSです。
菖蒲の中では、きちんとカタがついていた事項だけど、保科さんは二度も彼女を寝取られているだけに信用できてませんで^^;
そこで、放課後個人的に呼び出してきちんと話し合いをしようと考えた保科さんなのでした。
でも、この二人が上手く協調しあうなんて思えないw
案の定、菖蒲の意思は確認できても、保科さんとしては完全に納得しきれない状態で話し合いが終了した感じです(苦)。
でも、これでいいかなって。保科さんは正義のヒーローじゃないし、菖蒲が悪役なわけでもない。お互い正論もあれば後ろめたいことも秘めている。なのに、どちらかがもう一方の意見をねじ伏せるという構図を成り立たせるのは、ちょっと変かなって感じたのです。
お互い不満はあれども、彼女をこれ以上苦しめないという気持ちは揃ったようだし、後味の悪さはさておき、これにて落着と結ばせていただきましたosz
人間関係そんな簡単にいかないよってことでご容赦いただければ……←
相変わらずの拙文で、そこは言い訳たちません;
お目汚しで大変失礼しました~osz;;